2016年6月5日日曜日

置き去り回想。

自分の感情をなだめるためのしつけ


最近、北海道の置き去り事件が騒がれています。

私も、同じ小学1年の時に
ピアノの先生に怒られたって理由で

一輪車だけ残して、「それで帰れ!」
って、車で置き去りにされたことがある。

(それ以外は、車の音楽のボリューム最大にした中で叱責されるパターン)


未だにその時の風景は覚えてる。

どんだけつらかったとか、そういうのではなくて、
俯瞰の景色で記憶してるから、もう若干解離気味やな。


                                


だからではないけど、
尾木ママの言ってることはよくわかる。

自分の感情をすっきりさせるためだけの
しつけをする親はいる。

そして可哀相なことに、感情のコントロールに
著しい障害を持ってる親もいる。


あの人は、私にとっては災害だったのです。
と、最近ようやく実感を持ち出した。

                                


また彼女は、私が中学の時、
塾のテストで居残りになって

迎えに来てもらうことになったときも
車中いつも、ずーっとキンキン声で私を罵倒してた。

「こんな夜中に運転させられて!!!ママ事故しそうやわ!!!」
「もう寝る準備してたのに!!」
とか、そんなん。

ある時は、その後家に着いて、
「家に入んな!」と私の前でドアを閉めようとするから、

私もドアをひっぱったら、彼女が手を離し、
その勢いのままドアが私の足の親指にぶつかり、

ベリッと親指の爪が完全にはがれて、
また車に乗って、夜間診療の病院に駆け込むということもあった。

                                


大学の就活の時も、
うまくいかないという話をしたら
「あんたなんか取ってくれる企業ないわ!」
と発狂してた。

                                


つまり一連の彼女の行動は、

「娘の評価=自分の評価」
とインプットされ、

娘なんかより早々に甚大に、
自分の価値が脅威にさらされ、

著しく感情がコントロールできず
娘(自分、の嫌なところ)を罵倒することで
安定を取り戻そうとするが、

自己嫌悪が増大するだけで機能せず、
何か止める外因がない限り、それが長時間に及び悪循環に陥る。

投影的同一視に加え
感情障害が乗っかってくる感じ。



・・・よくもまあ、20年にもわたってこんなことを、成長もなく延々とを繰り返せたな。
何がって、それが私には一番理解できないし、失望した点。

もう少しマシな人間だと思ってた。
そう思いたかったのだと思う。

                                


おかげで、あのキンキン声を聴くだけで
別にネガティブな内容は一切なくとも

色々思い出してつらくなって長時間涙が止まらなくなる、
とかいう完全トラウマトリガーができあがっていたことに
気づいた、去年の11月。

その後、
母には冷静なタイミングで伝えたけれど
「そんなこと言われて傷ついた」
とか、ねちねち言われてもねえ。


事実だし。


いつか、現実を見れるようになればいいね。
もう私は知らないけどね。

もう十分、コストは割きました。

どうしても病識をもちたくないなら、助からないまま頑張ってください。


Julii

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